なかブログ

日々の何気ないできごと,感じたことなどを徒然とつづっていきます。

アニメやりに東大行ったおれが学歴について語ってみる(from はてなブックマーク)

http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20080527/1211918547(E.L.H. Electric Lover Hinagiku)


はてなのトップページにリンクがあったので何の気無しに読んでみたけど実におもしろい話だった.


こういう文章を読むと「天才肌っているのよね」と思ってしまったり.
高校時代の友人Yもこういうタイプだったなぁと思いだした.
理科と数学がずば抜けてできる奴でセンター試験の得点だけでいえば
東大だろうと京大だろうと合格できただろうけど
「理系の二次試験科目に国語がある」という理由だけで東大にも京大にも出願しなかったわけで.
結局彼は名大理学部に進学して私と同様にドクタコースまで行ったはずだけどその後どうなったのかなぁ.
彼は研究者たりえても教育者たりうるとはとても思えないのでポスドクでもやってるのかもしれない.


人の話ばかりしていてもあれなので自分の話も少々.
一時期気の迷いのごとくクリエイタ側を夢見たこともあった.
声優とかゲームクリエイタとかそういった方面の仕事に就きたいと本気で思っていたこともあった.
でも結局は「お前じゃなくても他の誰かがやる」という親の説得と
コンシューマ側の立場がいかに居心地がよいかを知ってしまったことによって平々凡々な人生を送る道を選んだわけで.
まぁドクタコースに進学した点だけは平々凡々とは言い難い(笑)


まぁ端的に言うと今回の記事のような人が実に羨ましいと思うし尊敬できる.
やりたいことをやるためにそれなりの努力をして結果的に満足できる人生を送っている.
もう一度人生をやり直せると提示されたとしても私にはこんな人生はきっと真似できないだろう.
性格的に「妥協」とか「着地点」とかそういったことをすぐに考えてしまうのだ.
なまじっか子供のころの成績が良かったこともあって全力を出し切る必要がなかったからだろう.
100点を目指すのではなく85点くらいとれれば満足してしまう自分が時々嫌になることもある.


天野こずえの「ARIA」という作品の中で晃・E・フェラーリが
「私は天才にはなれない.努力して秀才になればいいんだ」と気づくシーンがある.
このシーンを読むと私は忸怩たる思いで複雑な気持ちになる.
「こんな風に考えることができて行動できたらもっと良い人生になったのでは」などと思ってしまうのである.
何をもって良い人生で何が良くない人生なのかという基準は人それぞれなのだけど.



結論.私は天才でもなかったし秀才にもなれなかったのである.我が人生に幸あれ.